タマタマ家で整理していたら出て来た過去の草ヒロ写真。ネタ切れに近いので一部UPしました。
以前も紹介していますが、一部私の車の部品取りになった昭和37年製造のRS41。発見は平成7年ですが奥まった所に有る事、欠品が多くウィンドーウォッシャーを外した時点で何もかも嫌になり、くたびれて投げやり写真になりました(笑)
以前使った写真はその4年程後かもしれません。
こんな具合で奥まって居ました。
当時はエンブレムは外して来ませんでしたが、後年クラブ員が解体屋を教えてくれたお礼と云う事で一部部品を頂きました。
その中にトランクフードのエンブレムが有りました。
他にメーター、ワイパーSWのアルミ板等頂き、若干加工すればマダマダ使える状態でした。
メーターはフロントガラスが無いので雨が入り放題で使える代物ではなかったが、速度表示盤がとても程度が良く、皹だらけだったので何年か前に交換しました。
それと解体寸前の時期にフライホイール等を頂き、何だかんだで色々部品を入れ替えました。
10年近く前に交換しましたがTOYOPETのロゴがどれも塗装が剥げて白くなる中、日当たりが良くないが幸いして綺麗でした。
中々この色で残る事例は少ないです。
こりゃ~使い物になる部品が無い!と思って居ましたが意外や「実は使える」部品も少なくなかった事に驚きました。
場所は変わり、今はもうないので書きますがR48沿いに有る解体屋で70年代の旧車が10年程前までありました。写真撮影は平成4年頃です。
この写真のコロナの上に平成2年まで何と我が家のKE20Dが乗っかっていました。次に紹介する車の隣に有りました。当時は高校生でしたが何とか持ち帰って畑に置きたいと思いましたが、発見から1~2カ月程で解体されてしまい、ドンガラ状態になりユニックで運ばれる所を見ました。
撮影した時は発見当時とは廃車の積み方が変わっており、1~2年の間に変わったとは思います。
記憶ではこのコロナの下は初代シビックで、平成2年当時もこのままだったからこの場所は変わらなかったと思います。
丁度先程の写真の隣にあったのが上にあるB10。
ダイハツのトラックに入れ替わっていましたが、ここにこれがありました。
このサニーは平成15年までの間に主治医が購入していますが、一見程度が良さそうでしたが、テールランプが欠品でトランクルーム内は水浸しで内装も悲惨だった話でした。
でもこの車の一番の目的はデフとコラムミッションだったので水浸しとは関係がなく、幸いと云うか目的の部品はかなり状態が良かったそうです。
現在はバラバラになり平成18年までにはスクラップになりました。
で、実はこの車の左側に我が家のカローラがぶつかって居たのでへこみ跡が見られました。ここはきちんと平成15年にチェック済みです。
やっと発見しましたが、KE20の現役当時の写真。
撮影は昭和52年の冬でこの車が平成2年まで残って居たのです。最終走行距離は4.8万キロ程だった筈ですがボデーはかなり凹みがありました。
本当に我が家には車が写った写真がないです。
因みに53年の夏の終わりから秋にかけては髪がかなり長くなり54年のある時期まで長かったですよ。
今はバーコードヘアーの準備中です(爆笑)
何だか知らないけどいつの間にか撮影していました。ハイラックRN10とダットサン620。RNは撮影から2年程で解体だったみたいですが(未確認)620は10年程前まで残っていました。
これはまた別の写真で、ある整備工場の廃車置き場にてフィアット500の戦後すぐのモデル。車検は昭和37年、39年で切れていた記憶がありますが、隣のダットサン113は昭和44年に切れて居ました。これも平成4年撮影。
後で聞きましたがこれは市内に住む年配コレクターからの預かりもので結局亡くなり解体となりました。
因みに以前しばしば出していた123トラックの部品取り候補がこの黒いセダンだったのです。