8/30に発表があり山形市とその近隣市町より衝撃が走りました。
十字屋山形店は昭和46年6月30日に国鉄山形駅前にオープン。ピーク時の売り上げは昭和56年で当時100億円。昨年は30億円程度と低迷。
更に建物が耐震基準を満たしておらず、耐震対策工事に膨大な時間と費用が掛かり建物オーナーと話し合いの結果閉店となりました。
詳しい内容は下の動画をご覧ください。
十字屋の売り上げ低迷の原因を分析します。
◎:郊外の大型店舗との競合に勝てなかった。
ans:これは十字屋に限らずこれを理由にしている
店皆共通している事は、何処にでも売って居る商品
を郊外店より高い価格で売っているので当然だ。
十字屋でなければ!と云う商品を充実させて
いなかったのが最大の敗因。
◎:これは私の分析。紛い物を販売した!
ans:2年ほど前の話、大型エビフライと云う事で
御惣菜店から購入したエビフライですが、見た目
は結構大きく食べごたえのあるエビを期待。
が・・・出て来たエビは針金の様な細いエビで
衣だけが分厚い紛い物。これを食べた時「十字屋
は長くない」と思った。
如何にも昭和30年代に多く見られた姑息な
やり方。それも「広告の品」と出て居たので余計
長くは無いと思ったらその通りになった。
◎:仙台圏内への流入。動画では出していないが
別のニュースでは報じて居た。これも最初の内容
と同じ。確かに山形県は県庁所在地が宮城県と
近すぎて更に政令指定都市なので商業的には厳
しいのは判る。
だからそれに甘んじて居ては山形市内で商売
は出来ない。 私もR48と云う超便利な道がすぐ
そばにあり、仙台へ行く派であるが、仙台の物真似
的な販売方法が目に付く。郊外大型店舗も同じ。
仙台への良路が出来たとすれば郊外大型店舗
とて同じ末路を辿るであろう。
十字屋が出来た昭和46年。山形では中堅サラリーマン家庭ではこの手のマイカーが多くのお宅で見られました。駐車場は4階建ての大型駐車場がありますが、今のメタボカーではややきついかな?
でも今山形市内で生き残る大沼デパートの旧5階建て駐車場よりはずっとマシです。
大沼デパートの駐車場は、未だマイカーが持てる金持ちは昭和40年当時のコロナやブルーバードがせいぜいで、それが入る大きさでした。クラウンやグロリア、セドリックは馬鹿が買う物、本物のお金持ちは外車でしたが、あの頃なら外車は2台分使い駐車しました。
昭和46年当時既にこの車は隠居しており翌年には婿殿が免許取得までは暫しの休息中でした。
婿殿は若手の教師で運転免許を取得して間もなくそもそもが母親が運転は危険と見て居たので車がそじる原因になりました。
現オーナーは車キチガイなので大切に扱っています。