オウム事件以前からの凶悪犯が死刑未執行のまま拘置所で生存して居ります。
さて、今回浅原彰晃事松本元死刑囚他6名が数か所の拘置所で死刑執行されたわけですが、マスコミはお祭り騒ぎをした様な報道もありました。それこそ選挙の当選確実みたいな報道もあったとか?
初めの所に書いた凶悪犯の一人について書きたくUPしました。
昭和59年9月4日の昼に発生した京都十二陣で交番巡査だった鹿野比呂詩(当時30歳)が写真の男に全身16か所を刺されて死亡し、致命傷となったのが巡査である私の「オンチャン」の拳銃を奪い1発撃ち込んで即死しました。
オンチャンの拳銃を奪ったこの男は京都市内の「サラ金宝」に押し入り当時23歳の男性店員に「金を出せ!」と銃口を向けた際「御冗談でしょ?」と云うとそれに腹を立て頭部に一発発砲。男性は即死し、現金73万円が奪われました。
男はそのまま逃走し行方が掴めなくなり警察庁は115号事件として捜査を開始。男の出身地である千葉県東金市の実家に地元警察官が張り込むとやはり実家に戻り、逮捕され事件は一応の解決をしました。
写真は京都に男の身柄を送る所ですがヤクザの様な顔をしていますがこれで元警察官(階級は巡査部長)尚オンチャンの拳銃は現在も見つかっておらず、男は無実を訴えて居ります。
ボーズを名乗る私ですが死刑賛成派であります。根底にはオンチャンが殺害され30数年会えないし、通夜、葬儀、埋葬は山形市内で行いましたがこの際絶対にオンチャンに会わせてくれませんでした。
オンチャンの経歴は京都大学を卒業後大きな会社に勤めたのですが、28歳で結婚し1年程して「警察官になりたい!」と云い出し、曾お爺ちゃんが反対するが押し切って会社に辞表を出し警察官採用試験に挑み合格して警察学校に入学。殺害当時は卒配から1週間程度でした。奥さんに当たる方はお袋の元同僚で、当家で紹介し結婚となりまして、京都なので寿退職です。
曾お爺ちゃんは親父含め孫を存命中3人失いました。
この事件も風化していますが、京都中が震えに震えた大事件でした。尚男は無実を訴えて居りますが、オンチャンが殺害された所を当時30名の市民が目撃しております。皆間違いなくあの男と証言しております。
私たち遺族も高齢になり今はオンチャンの従弟等ですら70歳前後、私らチビッ子も白髪や染みシワが目立つ様になり11歳だった私も45歳の中年になりました。
男は当然死刑判決が出て現在75歳。死刑囚の中でも高齢であるのは確かです。もしかするとこの男死刑にならず獄死となる可能性が今の所高いです。
この男は6道のうちの酷い道地獄道以外転生先はないと確信して居り、その中でも最もきつい第8層目に堕ちる事でしょう。
私の寿命が終わりオンチャンに会う時「何だ、何処のヨボヨボ爺さんかと思ったら円淨か、大分肥ったナァ。」だと思います。この時「事件解決はならなかったヨ!」と報告するしかないかな?