東京五輪が開幕した日ですね。
2020年のオリンピックまであと653日だそうです。楽勝でトヨペットクラウンデラックスは走る筈。
さて何となくオリンピックの聖火ルートではなかったけど関山を走りたく出没しました。
当時東北地方で装着した者はいない筈。したとしても関東地方から転勤でこちらに流れた人位でしょ。
天童市市報より。天童市内を聖火が通過したのは9月で当時秋田県から国道13号線を経由して山形駅付近から国道112号線へ入り会津方面へ聖火は走ったそうです。(大峠方面です)
当時この車は車庫で待機していたでしょう。
ここは仙台へ行く道の一部。
東京五輪の記念コインは1000円と100円が発売されました。当家には1000円はこれを入れて4枚ありますが、残り3枚は状態が酷いです。
100円は10枚位かな?ありました。
寄付金付き切手も全てあります。
これは開催記念切手。下の切手は昭和33年にアジア大会が開催されその記念切手。
とまぁ、我が家には東京五輪の頃は景気が良いのかこの手の物が残って居ます。
タマタマでしたが、神町駐屯地の自動車と遭遇。ワゴンなので次の写真をイメージして撮影。
実はこの車結構もっさりでR48と13の交差点付近で分かれたので運転手を見たら、結構美人な女性が運転しており助手席もこちらもまた美人が・・・・・
あっ!思い出した職場の後輩の話を・・・・その話から推測するには音楽隊の人かな?
全隊員の半分が女性隊員だそうで、基本ずっと楽器の練習だそうです。大相撲で君が代を演奏するあの隊員たちと見て良いでしょう。後輩曰く「俺ら普通部隊が必死で練習している時楽器をぶーぶー鳴らすからムカつく!」とのこと。で、彼等も仕事なので頑張ってはいるけど、1年に1度バカにする日があり部隊別ごとのマラソン大会で無論こちらは到底敵わず、バカにされるそうです。
尚名誉の為に書きますが隊員の殆どがプロのミュージシャンにもう一歩でなれそうな人が志願するそうですから、音楽の玄人集団です。少し興味あるから何て人は付いて行けません。
連想したのがこの写真。
後輩にこの写真を見せましたが、音楽隊員だとは断定できないそうで、(無論隊員もいるそうです)同じ航空部隊の人もいるだろうとの話です。
このマスターラインを先頭に松島基地から関山経由でRS41が、我が家まで後ろを走りました。運転は3年前亡くなった大叔父で、ばんちゃ、パイロットの兄弟が乗った筈。
もし、殉職がなければあの日の丸飛行隊で五輪を描いた筈。この写真左側の杉の樹の間をマスターライン、RS41他外車多数も走りました。