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Channel: 高村円淨のブログ
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ベストパートナー賞になるかな?

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 私がこのトヨペットクラウンデラックスに意識をしたのが4歳の時ですから、今から39年前です。
 
 以前からこのブログをご覧の方は同じ内容を書く事になり、飽きてしまうでしょうが、イチイチ以前の記事を探すのも大変なのでUP致します。

 物心がついた時このクラウンは余り走る姿は見ませんでしたが、車庫の中に佇んでいましたが、親父やお袋が乗るカローラよりは恰好が良いと思っていました。カローラもそうでしたが、特にお婆ちゃんからクラウン、カローラ共に1人では車内には入らない事を固く約束させられていました。・・・・が、近づいて車内に乗り込める車が大伯母宅の近くにあったのです。

 全くの同型で、車検は昭和48年7月、定期点検は47年1月までのステッカーが貼られた個体があり車内に入るとよりクラウンの魅力に引き込まれたのです。
 ホーンリング、ベンチシート(私はリヤに座る事が殆どでした)に魅力を感じ給油口がリヤナンバーの後ろもよりクラウンを好きになる原動力になりました。

 程なくしてダイナRK170だったかにエンジンを引き抜かれてエンジンはなくなりましたが、別段メカには興味ないのでどうでもよかったですが、コラム噛みしやすいシフト操作はこの車で鍛えられて私が今の車を運転した時はスンナリ運転できました。

 廃車体なので長くとも3年程で無くなるのが大抵ですが、私が初めてこの廃車の存在を知ってから12年近く残る事になりました。平成元年3月15日に突然無くなりました。

 当時私の車はナンバーを切って1年2か月でした。あの頃知識はありませんでしたが、平成元年の出来事があり、何が何でも自分のクラウンに乗る事はこの時強く決心しました。

 然し・・・・今の姿にするまで何度火ダルマになった事か判りません。これはレストア時の苦労の話として別にUP致します。

 でもこの39年この車に惚れ込んで「よ・か・っ・た!」
 廃車がなくなり2年近く経った平成3年のニューイヤーで1964年式用ではありましたが、大判カタログをゲット。今の相場価格よりはずっと高い価格でしたのでこの年は部品は買えませんでした。
イメージ 1

 然しそれはそれで良い結果を生みました。取扱書を含め全て集団収集ごみに出したのですから特色が全然判らないのです。それに当家は物を大事に長く取っておく家ではないですからそもそも物が残りません。
 
 カタログにてオーバードライブの存在を知り、何て素晴らしい!と感動したのです。自動的に4速、5速のギヤの働きをする、緑のランプが点灯して知らせると云うこのシステムがよりこの車に惚れ込んだのです。
 結果的にこのカタログがよりもう自分の車しか他にないと云う考えになりました。

 その後部品集めに邁進した事は書く間でもないでしょう。その時点で自分の車はオーバードライブシステムが完全に死亡していたとは思いもしませんでした。

イメージ 2


 それと1963年式、涙目テールはローがノンシンクロと知ったのはもう少し後ですが、カタログから「ひょっとして自分の車はダブルクラッチが必要なのかな???」と思う様になったのは免許取得から少ししてから。もう少し早く知っていれば教習所で・・・・と考えましたが、独学しかありませんでした。

 とは云え昭和30年代離れしたスタイルにこの時代その物の構造の1963年式に益々惚れ込み、部品もこの年式に照準を当てた収集になりました。
 
 これはもう少し後になりますが、涙目テールと云う言葉を広めたのは書類が無い事を知り登録不能だったので、この車を確実に手に入れる為に特化させる意味合いで広めました。惚れ込んだからこそ出来たニックネームであります。
  
                                          
 ベストパートナーに相応しい歌はやはりこれでしょ!
 この歌心にしみます。♪ともにす~ごした~、いくとしつき~の~・・・が特にです。
 

 



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