イベントリポもこれで最後となりました。
今回はブログ仲間の皆さんとも十分にお話出来なかった事には訳がありまして、その弁明と書くと変ですが想像以上普段のイベントでは手に入りにくい部品がゴロゴロしていたのです。
既にUP済みのクーラーダクト実は入手出来ないものか??と頭の中ではそれがグルグル。そして、先ず手に入らないライトグリルモールの左が手に入る(と云っても操作がありますが)、そしてクラウンピクニックで知り合ったIさんに宿題として頂いたホイールキャップ1枚。
ビックリのバンパー等でしたので、特に今付けているバンパーが手に入らなかったら、血眼になってこのバンパーの入手を考えていた筈。
これは自宅を出発直前のメーターです。
そうしてブログ友のOさんにお会い出来テンションUP!
長年探したグリルモール左が出てきて更にテンションUP。右は出ますが、左は今付いている物含めて結構な年数を掛けて探しました。
実はこの部品9月のオールオッズで、丸テール用のモールが欲しいと現物合わせで私の車に合わせたマニアが師匠のスワップミートの場所から持ち出しており、一つは間違いなく丸テールで、もう一つはこれで
ハスキーボイスだったのもあり、出せるだけの声で
「かえず(これ)は涙目用=1963年式用だずぅ、けん(これ)が丸テールの1964年式用だずぅ。・・・・ゴホゴホ」
私はもうてっきり売れたと思い、回復してから師匠に挨拶できないこと詫びて、話したら
「あれね、高村君から聞いたとマニアは云っていたけど、あの人たちは丸テールに用があったらしいから売れ残ったよ!」と云って「ところざわに持って行くよ。」となり持参していただき購入したのです。
要再鍍金状態ですがそれ程でもないのでいずれ手放した右をもう一度探して再鍍金予定です。
こちらはスワップミートに出ていたバンパーですが、
状態が良くないのでオークションに出したが誰も落札せずでした。
バンパー以外でもモール等が出ていましたが誰も手を付けなかったみたいです。
ただ、気になる事がもしかしたらこの車20年前書類焼失させた時、代替えで買おうとした黒の昭和37年製造かな?と思いました。何分オーナーがイビズで交渉から1年ほどで車体に幾重にもビニールカバーを巻き付け「ふき」畑に放置して最近までそのままだったと聞きます。
傷み具合とモールが一部外版に付いた状態なので外版が結構綺麗だが、バンパーが駄目な所が怪しいのです
実はホテルまでの場所が判りづらく結構ロスありましたので、距離はその分多いですが、イベントが終わってから距離を撮影しました。帰りは迷わなかったので会場までの距離が判ります。
427キロでしたので、走行としては糸魚川やお台場よりは遠く思われます。