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Channel: 高村円淨のブログ
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若い頃のお話

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 数日前何気にブログをフラフラしながらあちこちを見ると、懐かしい顔にぶち当たりました。
 多分古くから特に90年代後半から00年にかけてムーンのイベントに参加した方なら恐らくピンと来るはず。

 多分日本に2台?と思われるシングルナンバー付の涙目テールマスターラインです。
 
 実はこの車マニアの世界に姿を現したのは平成10年の9月、岩手県のニュージーランド村でのイベントでした。この時地元の商用車マニアのMさんが手に入れたばかりのこの車をいとも簡単に手放す意向を示され思い止まって欲しいと話した記憶があります。

 この時今の愛車にナンバーを付けたばかりで金が無く体力的にもう限界でしたので、到底この車を買う金はありませんでした。

 もしもが付きますが、あと1年書類付きフレームが無かったらこの車本気で買ったかもしれません。Mさんもナンバー維持には協力的でしたので。
 今ならですが、多分オーバードライブ機構を移植したかな?それとマトモな3Rエンジン探したかな?

 実は9月のニュージーランド村でのイベントで直ぐにオーナーは変わり意外や近い他県のオーナーさんが入手されました。その点私は喜びましたね。

 ではこの車の経歴を書きます。登録は昭和38年4月らしいですが、1年オチの中古で2代目オーナーが購入しました。その後近くの整備工場に平成10年の車検切れ近くまでずっと整備をしていたそうです。
 当時商用車はプライバシー丸出しで乗らねばならず、2代目オーナーの職業と名前、住所そして「自家用」がペイントされていました。
 この方は小学校の校長で定年を迎えられ、その後も高齢で運転できなくなるまで乗られたそうです。職業は公務員と書かれて居ました。
 ここまで酷く個人情報を書かねばならない地区は岩手県とあともう1県ありました。山形は「自家用」だけでOKでしたが、苗字を書く例が多かったですね。
 
 では懐かしい写真の解説をしましょう。
イメージ 1
 この写真はかなりの確率で平成10年の宮城県の北部「岩出山」のイベントでバルーンフェスティバルと同時開催をした時の写真でしょう。
 中の展示から見て間違いなく3代目オーナーになってからの物です。
 オーナーさんは私よりずっと年上の方ですが、とっても若く見える方です。奥様もかなりの美人さんでオーナーさんより2歳年上と聞いて更に仰天。
 また結構旧車イベントに付き添ってくれて夫婦で楽しまれて居るのが印象的で、私も「○○さんみたいに旧車に興味ある妻と結婚しよう!」と思ったものでした。

 *アハハハ・・・現実はじぇ~んじぇん。でも初めの3年は付き添ってくれましたが、強烈な姑、大姑が「あんな車乗る物でない!」と加勢するからそれ以来殆ど乗りません。
イメージ 2
 この写真で平成10年の岩出山と判断。タイヤは6.50-13-6PRのヨコハマスノーセフティ。スパイクを抜いたタイヤでした。
 今なら6.00-13で何とかなる筈ですが、6.50-13は製造が打ち切られ久しい状態でした。
 翌年には6.50-13-6PRのほぼ新品ホワイトリボンを入手します。
 であれ?その翌年かな?確か平成11年はこの車に乗ってオールオッズに出掛けた記憶が・・・・??この時時速100㌔で結構車内が五月蠅くてラジオどころではなかったのです。これは鮮明に記憶しています。
イメージ 3
 リヤゲートは理由は判りませんが丸テール用(1964年式用)になっています。オーナーはどうにか涙目用を3年がかりで入手した筈ですが、この頃ボデーの痛みが酷くなり、フロアーがかなり底抜けしてレストアが必要になった筈です。
 また何とか私の車を綺麗にレストアして1963年同士オールオッズやクラウンピクニックに参加しようと話していました。でも今思えばこの車結構重症だった感じがします。
 で、このマスターラインのイメージ曲がこれ。
 この車が過ごした場所が水田地帯だったので余計イメージが濃いのです。
イメージ 4
 ウィンドーウォッシャーも治り、成生城へ。
イメージ 5
 成生城の外堀跡付近かな?名残があります。
イメージ 6
 平成15年にオーナーのもう一台のマスターラインと一緒にクラウンピクニックに参加しました。それから3年してかな?今度はもう1台もボデーが不味い状態になり、走れる40系が無いので「私の車を運転して頂けないか?」と申し出てクラウンピクニックに参加。
 この時膿出し兼ねて結構勉強になりました。マスターラインで五月蠅くて駄目だったラジオは余裕持って聞く事が出来ました。オーバードライブの有り難さも良く理解でき、改めて自分の車は先進的と認識したのです。

 ムーンの社長の言葉を借りていますが
「この車1台あれば他は要らないな。」です。やはり40年以上の付き合いになりますが今更他の旧車は・・・ですね。でも乗りたい車有るんだよなぁ~。


 *恐らくですが、状態はどうあれこの車は残存している事は確かですが、ボデーが良い状態ではないし、多額の修理費がかかるので、公道復帰はマダマダ先と思います。オークションでも結構高値で部品を入札し驚かされます。


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