少し時間が出来たので撮影しました。
本日も時間が無く、サッサと撮影して帰らねばならず、余り構図は考えずテキトーです。
はっきりした事は若干当時とは違うけどほぼ間違いなくこの細い道は旧R48で、関山峠開通に三島と共尽力した村山関山村長の生家にたどり着きます。
当時はこれだけ杉葉が多かったとは思えませんが、道幅からして間違いなく旧R48時代のまま取り残されたのでしょう。
後続車から見てこんな感じかな?
向こうから大型車が来たら・・・怖いな!
ここから2キロ程で今も完全な形で残るかつらざわ橋です。
*パソコンが云う事聞きませんので、そろそろ入院です。記事が非常に作りにくい。